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僕は明日を生きられない01

僕は明日を生きられない

 昨日、彼女に別れ話をされた。
 彼女が僕に告げた言葉は、至極簡単かつ理解不能な物だった。
「会いたい時に会えないのは、辛いの」
 意味が分からない。いや、もちろん言ってる事の意味はよく理解しているのだが、そんな事を言う彼女の頭の中が理解出来ない。
 彼女とは二週間に一度は週末に会っている。
 極々平均的な回数であると思う。僕が普段彼女を蔑ろにしている訳でも無いと思う。
 なのに彼女は昨日電話で僕にこう告げた。
「何故? 何故、どうしても会いたい時に会ってくれないの?」
 それは彼女の我侭だろう。僕にだって仕事が有る。突然平日の真夜中に会いたいなんて言われても困る。そんな夜中に会ってたら、明日の仕事に響いてしまう。
 彼女にだって仕事が有る。だからそんな事は分かり切った事だろう。
 なのに彼女にはそれが理解出来ない。
「今日ね、会社で大きなミスしちゃったの。部長とか課長とかにたくさん怒られて。だからお願い。今、すごく話聞いて欲しいの」
 なら、電話で構わないだろう。僕が彼女の家に行くにしても、彼女が僕の家に来るにしてもゆうに一時間は掛かってしまう。お互いの家の中間で会うにしても三十分は掛かる。 だから、電話で良いじゃないかと彼女に告げた。
「違うの、電話じゃ嫌なの。会って話したいの」
 時計の針は十二時をとうに過ぎていた。只でさえ普段寝る時間を過ぎているのに、これから三十分以上掛けて彼女と会い、それから話を聞くのであれば、一体僕はいつ寝る事が出来るというのだろう。僕は、それなら週末に会って話そうと言うと、先刻まで泣いていた彼女は突然怒り始め、別れてやると喚いた後、一方的に電話を切った。
 結局僕は一時間も睡眠時間を削って朝を迎えた。今日は大事な会議があると言うのに。 だが、そんな物は僕の杞憂に過ぎなかったようだ。
 前々から周到に準備していた今日の報告は、課長に非常に高い評価を受けた。
「君の企画は十年、二十年先を視野に入れた非常に素晴らしい物だ。期待しているよ」
 ほら、僕は間違っていない。僕はいつだって人の一歩も二歩も先を見据えている。
 これは人よりも不器用な僕が身に付けた、最高の処世術だ。
 僕は常に今日よりも明日の事を第一に考えている。
 明日の事を今日中に終えておけば、当然だが明日の仕事が減る。残業が無くなる事は無いが、余裕がある分、他の社員の様に突然の仕事で深夜まで残業する羽目にはならない。 こうしておけば、急な仕事でも失敗はしない。仕事はスピードと精度が勝負なんだ。
 常に今日という日を明日の為に使っていれば良いのだ。
 事実、僕の人生は順風満帆だ。高望みもせず、さりとて自分を卑下する事も無く、今の自分が可能とする最高の人生を歩んでいる筈だ。
 いつだってそうしていた。中学生の時は志望大学に入りやすい高校を選んだ。高校生の時はその大学から入社しやすい企業の中から、最高の会社は何処なのか研究していた。大学生の時はその会社に入るのを優遇してくれる教授の下についた。
 全て、僕が緻密に計画した上で行って来た事だ。僕は計画通りの人生を歩んでいる。
 このまま行けば順調に出世して、部長はおろかその上の地位に就くのも夢では無い。
 そうすれば、きっと今よりずっと良い生活が出来る筈だ。
 今は貯金する為にボロアパートに住んでいるが、大きな庭付き一戸建てを閑静な住宅街に建てるのも夢では無い。生活水準だって、きっとずっと上がる。
 きっと三十年後の僕は、家族に囲まれながら何一つ不自由ない生活を送っている筈だ。
 健康にも十二分に気を配っている。
 食事は肉類を避け三食欠かさずに採り、足りない栄養素はサプリメントで補っている。
 睡眠時間もきっちり取っている。毎日夜十二時には寝るようにし朝七時には起きているから、毎日七時間は寝ている。
 煙草も吸わない、酒も付き合い程度。これなら老後も病気に悩まされる事はあるまい。
 僕は健康で、金に困る事無く幸せな老後を送る事が出来る筈だ。
 だから僕は間違ってない。
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